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御礼

 投稿者:管理人  投稿日:2008年 1月20日(日)22時04分35秒
返信・引用
  寒中見舞いを頂きまして、ありがとうございます。そとわ様もお元気のことと推察いたしております。 小生も今年で七十五才になる予定ですが、年をとると思考を司る 前頭葉の働きもにぶくなり、サンデー毎日の記の 「 随筆 」 や ブログを書くのも気骨がおれます。

「 継続は力なり 」 のそとわ様の お言葉に励まされて、今後も無い知恵を振り絞り 認知症の予防も兼ねて、情報の発信をして行くつもりです。

厳寒のみぎり、読者の皆様方も健康にご注意下さい。
 

寒中お見舞い申し上げます

 投稿者:そとわ小町  投稿日:2008年 1月20日(日)19時50分26秒
返信・引用
  全国的に寒いですが、皆様どうか、お大切になさってくださいませ。
管理人様、大変興味深い記事、ありがとうございます。
大変な努力、ご精進と拝察いたし、敬意を表します。継続は力なり、
努力に夢中になっていたら、寿命も伸びます。
努力精進、進歩、向上こそ、いのちの姿、今後とも、明るい気持ちで、われわれに
よき記事を、提供してくださいませ。お体、お大切になさって下さい。
皆様も、お風邪など召しませぬよう・・・・・。
 

国民学校の音楽の教科書

 投稿者:武州紀乃文   投稿日:2008年 1月13日(日)07時12分26秒
返信・引用
  井中蛙さんのご紹介で、予てより気になっていた「四大節」の歌詞など、管理人さんのHPで知ることが出来ました。有難う御座いました。私も同じく疎開児童。ところで、もっと知りたいのは、一年生の時に最初に習った歌が何だったのか、そしてその次は・・・・? 『♪白地に赤く日の丸染めて・・・・♪』だったように思いますが、一年間で20曲くらい教えて貰ったんでしょうかね。要するに当時の音楽の教科書の入手場所、ご存知の方が居られたら教えてください。探し回っているんですが、なかなか見付かりません。因みに、国会図書館は「教科書」はコレクション対象になっていないそうです。  

謝辞

 投稿者:井中 蛙  投稿日:2008年 1月 5日(土)20時16分55秒
返信・引用
  お正月(特に元日)、これが何故休みなのか? 昔からそうなのか? 素朴な疑問で、日本の戦前の祝祭日を探っていたら、『四大節』から、このHPにヒット。読んだのは『戦中、戦後の思い出』中の「皇紀二千六百年」と「国民学校令」ですが,読んでいるうちにドンドン引き込まれ、『ウン、これはホンモノっぽいぞ』。管理人サマの精力的且つ丹念な筆致に、痛く感銘致しました。これからアチコチ、ゆっくり読ませて頂きますが、良き情報をご提供くださいましたことを、先ずは御礼申し上げます。今後の更なるご健筆に期待しております。頓首。  

四人の バカ中将

 投稿者:目出タイ  投稿日:2008年 1月 1日(火)12時09分16秒
返信・引用
  明けましておめでとうございます。新年早々掲示板を読むと、インパール作戦に触れた投稿がありました。旧日本軍の兵士達のことわざに 「 アホな大将、敵より怖い 」 というのがありましたが、無能な者が指揮官を務めると、部下の死傷者が増大することを意味しました。

[その1]

大東亜戦争において、愚行や卑劣な行為をした中将たちの名前を挙げるとしたら、ナンバー・ワンは、悪名高い第15軍司令官、牟田口廉也 ( むだぐち・れんや ) です。彼は陸軍大将になりたくて インパール作戦を強行し、反対する三名の師団長を次々に解任し、物資補給の目途が立たないままに無謀な インパール作戦を行った結果、三万人の餓死者を出して ビルマから撤退しましたが、まったく反省の無いまま戦後に死にました。

[その2]

昭和20年(1945年)8月15日の天皇の ポツダム宣言受諾放送終了後に( 一説によれば翌日の16日に )、第5航空艦隊長官の宇垣纏 ( うがき・まとむ )が日頃の傲岸不遜な態度はどこえやら、敗戦の ショックから自暴自棄になったとしか思えない行動を取りました。

天皇の停戦命令違反を承知の上で自己の職務上の義務や責任を全て放棄し、「 私兵特攻 」 の命令を出した結果、11機の特攻機に 22名の部下を道連れにして 沖縄を攻撃し、自殺しました。この行為を見るとき、これが帝国海軍の エリート・コースを歩んだ、「 海軍中将のすることか!」と唾棄せざるを得ませんでした。

死んでお詫びをしたければ、海軍特攻の産みの親の大西瀧治郎 ( おおにし・たきじろう ) のように、敗戦時に割腹して一人で死ぬべきでした。

[その3]

フリピンから合計400機の陸軍特攻機を、62回に分けて出撃させる際に、「 諸士の後には自分も最後の特攻機に乗り出撃する 」 と毎回訓辞を特攻隊員に垂れておきながら、いざ自分の身に危険が迫ると大本営の許可も受けずに、フィリピンから台湾に司令部ごと飛行機で逃亡した、武士の風上に置けない陸軍第4航空軍司令官の富永恭次 ( とみなが・きょうじ ) という卑劣極まりない男がいました。

[その4]

「おとり」になった小沢艦隊の犠牲のもとに、米軍が上陸したばかりの フィリピンの レイテ湾の手前まで折角来たのに、ミッドウェー海戦以来の「 持病 の  臆病風 」 に吹かれて敵前で反転し、敵攻撃の千載一遇の好機を逸した第2艦隊司令長官兼、第4戦隊司令だった栗田健男 ( くりた・たけお ) がいました。せめてもの 「 救い 」 は戦後彼に向けられた非難に対して弁解をせず、沈黙したままで世を去ったことでした。

この四人の バカ中将の行為を、「 部下の生命よりも功名心 」、「 皆で死ねば怖くない 」、「 名誉より命を惜しむ 」、「 臆病な性格の指揮官 」、の題名として、それこそ教科書に載せるべきだと思います。
 

感服致しました

 投稿者:晶史  投稿日:2007年12月31日(月)21時37分14秒
返信・引用
  ミャンマーを旅行中、とあるパコダを観光した際、現地の人から「昔、此処へ日本の兵隊さんが来たことを知っていますか?」と訊ねられました。突然の質問でしたので、「知っているよ」と、答えて済ませましたが、インパール作戦へ参加の為だとその時は思い付きませんでした。
日本へ戻り、自分の知識の少なさに恥じて、更に、歴史に興味が湧いたので、日本が大東亜戦争を始めた理由を調べていて貴殿のHPへ辿り着きました。歴史教科書では知り得ないことばかりで、管理人様の見識の深さに感服致しました。

ご自愛頂き、今後の更新を楽しみにしています。
 

Re: 碑文について

 投稿者:アキラ  投稿日:2007年12月28日(金)01時42分11秒
返信・引用
  > No.258[元記事へ]

strcatさんへのお返事です。

> まったくもって管理人様に同意ですので何も言うことはありません。
> これだけ真実を知る機会があるというのにサヨクの皆様はどうして矛盾だらけの歴史認識に固執するのでしょうか?わかっててやってるのか、それとも他に理由があるのか、サヨクの方の意見を待ちます。

私もstrcat・管理人さまに全く同意ですね。

私見ですが、このような記念碑は、私の考えで事故等の場合犠牲者に対しては加害者が作るもの、戦争なら勝戦国が記念に、植民地なら宗主国が作るものと思っています。海外の観光地なんかも大抵そうだと思いますよ。原爆を落としたのは米国ですよ。
被害者側の日本政府が何故、碑文で犠牲者に謝罪するのかと思いますね。

欧米列国で植民地政策をしていた国で敗戦したからと言って、自国の人民に沢山戦死者出したし負けましたからすみませんと謝罪した事実など聞いた事が私はないですよ。
日本の自虐主義に基づいて誤った解釈していると思いますよ。

私は広島・長崎の原爆投下の犠牲者も東京大空襲の犠牲者も、他の空襲・戦地での犠牲者も同じ亡くなられた戦争被害者で区別は無いと考えています。
原爆で亡くなられた方のみを特別視する事も私は理解できないです。
何故、サヨクの方は原爆投下の史実のみそうするのでしょうかね。?
 

六十三年前の遊び場

 投稿者:管理人  投稿日:2007年12月27日(木)21時39分1秒
返信・引用
  子供の頃に住んでいたのは現在の巣鴨4丁目12番地附近でしたが、よく遊びに行ったのは都電 庚申塚停留所 の西にある、現在の特別養護老人ホーム 「 菊かおる園 」 と東大豊島学寮が建っている場所で、当時は都内でも珍しい昆虫の宝庫の雑木林や、JR 大塚駅の ホームからでも見える大木がありました。

ホームページは認知症の予防にと始めましたが、人生の終わりが近づくと共に、タネ切れになりそうです。
 

夢中で拝見しました。

 投稿者:アキラ  投稿日:2007年12月27日(木)11時21分50秒
返信・引用
  始めまして、ネットで調べものをしていたらこちらのサイトを見つけました。
(本当に偶然なのですが、私が豊島区の西巣鴨に住んでおります。)

管理人さんの随筆の幅広いジャンルには驚きを隠せません。
また、歴史観や史実に対する考え方や主張に対しては大変同意させて頂くものが有ります。
私は亜細亜圏の史実・欧米列国の植民地政策の史実等は私も興味が有り、色んな観点からの
書籍で僅かですが読んでおりますが大変参考になりました。有難うございます。
今後も更新を楽しみにしています。
 

はじめまして

 投稿者:管理人  投稿日:2007年12月11日(火)09時21分24秒
返信・引用
  こんにちは、愛知在住のkuniと申します。
このほど「脳死体験」を検索したところ貴HPがヒットしました。
とても内容豊富のコーナーばかりで、何日かに分けて拝読させて頂いております。
このHPを広く多くの方々に見て頂くよう「リンク自由」に甘え、当方のブログに取り上げたことをご了承ください。
今後とも、よろしくお願いします。

http://pub.ne.jp/saya902/

 

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