|
|
この記事を読んで、日本人の深層心理には「祟りと怨霊」という意識が深く根付いていることを改めて感じさせられました。無宗教と言われる日本人の、ある意味では宗教性を特徴付けるものなのかもしれません。
この「祟り」ということに注目して天皇制の誕生を論じている歴史作家がいます。知る人ぞ知る(知らない人は知らない)関裕二さんです。私もつい一年ほど前まではまったく名前も聞いたことがない作家でした。地元の市立図書館で『日本を不幸にした藤原一族の謎』という著作が最初の出会いでした。
『日本を不幸にした藤原一族の謎』という本の中で関裕二さんは、中臣鎌足(藤原氏の祖)は実は滅亡した百済の王子・豊璋ではないのかと述べています。それが仮に事実とすれば、藤原氏は天皇の外戚として何代にも亘って藤原の血を天皇家に注ぎ込んで来たのですから、天皇家は朝鮮の王族と血統的にはほとんど変わらないということになります。
さて、本論に戻りますと、関裕二さんは天皇制の起源について斬新な仮説を立てています。端的に言うと、神功皇后と武内宿禰(蘇我氏の祖)を裏切ったヤマト(物部氏を中心とする豪族連合)が天変地異をこの二人の祟りと受け止めて、その御子の神武天皇(日向御子)を迎えて祟りを鎮めたのが正史『日本書紀』に記された神武東征だったのではなかったかという説です。
|
|